2020年5月5日火曜日

定期乗車券の割引率について(1)

 新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令された影響で,定期券の売り上げが大幅に減少し,公共交通事業者にとっては大変大きな問題になっている(詳細は,https://covid19transit.jp/を参照されたい)。本記事では,関東地方のJR線・大手私鉄線を対象に,「1ヶ月定期券は,乗車券何往復で元が取れるか」「3ヶ月・6ヶ月定期券は,1ヶ月定期券の何倍か」に的を絞った考察を行う。その上で,昨今の緊急事態宣言を踏まえ,鉄道事業者にとってどれくらいの影響が出るか,推測を試みる。

図1:数字でみる鉄道2019(運総研)
必要に応じてここから引用する。

 私鉄については,2020年4月27日付東洋経済オンライン「一番お得な鉄道は?定期券割引率ランキング」(https://toyokeizai.net/articles/-/346683) において取りまとめられている。まずは,上記の記事で登場する「割引率」がどのように算定されているか,相鉄線を一例として検証する。
 表は膨大であるため末尾に回した。「1ヶ月定期は乗車券何往復分か」については,距離ごとにかなり違った値を取っているようであるが,おおよそ「1ヶ月に18.5往復(※)以上するなら,定期券の方がお得」と言えるだろう。また,「月30往復すると仮定したとき,正規の運賃と比べて何%割り引かれているか」を算定すると単純平均で38.2%となり,「数字で見る鉄道2019」に記載のある値(36.7%)と概ね一致する。このため本稿では,「1-定期券の金額÷(往復分の乗車券の金額×30×月数)」を「割引率」と見做して運用することにする。
 (※ただし,普通回数券(10枚分の運賃で11回乗車可能,3ヶ月間有効)を使う方法もあるので,実用上はこの数値に1.1を乗じる(18.5×1.10=20.4往復)必要があることに留意されたい。)
 一方で,「3ヶ月定期・6ヶ月定期はそれぞれ,1ヶ月定期の金額の何倍か」は,距離によらずほぼ一定である。それどころか,JRを除く鉄道事業者ではほぼ一定の値である。「3ヶ月定期は,1ヶ月定期の2.85倍」「(JR以外で)6ヶ月定期は,1ヶ月定期の5.4倍」という値は,覚えておいて損のないものと思う。
 
 さて,同記事にはJR線の割引率について記載がないので,JR東日本の東京電車特定区間を一例に,相鉄線を例に作成したものと同様のものを作成する。これも膨大であるため末尾に回すが,JRの東京電車特定区間では,「1ヶ月に15往復(※回数券を使う場合,この1.1倍)以上すれば,定期券の方がお得」と言える。これを割引率に換算するとほぼ50%である。定期券割引率ランキング」で首位に来ている名鉄が45.1%であるから,割引率の首位であるべきなのは,民鉄ではなくJRの東京電車特定区間である,と言える。
 また特筆すべきなのは,「(JR線では)6ヶ月通勤定期が1ヶ月通勤定期の4.8倍」と非常に安いことである。なお通学定期については他の鉄道事業者と同様5.4倍であり,ここまで極端ではない。「いつから」「どういった理由で」ここまで安く設定したのか,興味は深まるばかりである。

 さて,昨今の緊急事態宣言とその延長について,定期券の購入に落とし込んで考えてみる。JR線では通勤6ヶ月定期が非常に安い影響から,1ヶ月定期⁺1ヶ月定期⁺3ヶ月定期(1ヶ月定期の合計4.85倍)よりも6ヶ月定期(1ヶ月定期の4.8倍)の方が安い。言い換えれば,10月~3月の定期券を購入し,3月に1度も使用しなかった場合は,払い戻し手続きをしようにも金額が返って来ない。一方で,4月から9月まで定期券を購入する予定のところ,4月の1ヶ月間出勤せず,5月7日から平常通り出勤しようとしても,翌年3月までに払う金額を考えると,「4月に1日も使用しなかったにもかかわらず」結局6ヶ月定期を買った方が安くなってしまう。このような事情から,JRにとって定期券の売り上げは,「異動が年度末に集中し,4月に定期券を買い替える風習がある限り,3月・4月の需要が落ち込んでも大して影響が無い」と言える。
 そうは言うものの,緊急事態宣言が5月末まで伸びるとなると事情が変わって来る。さらに,私鉄各社の割引率はそもそもJRより低く,6ヶ月定期もJR線ほど安くない。また,出勤を何割抑制するかによっても,事業者にとっての減収度合いは変わって来るだろう。
 そこで,「4月7日~5月31日の間に,出勤日数を7割抑制した場合,事業者にとって(本来定期収入として入って来る)収入がどれくらい落ち込むか」,JR東日本と相鉄を例に試算する。

表2: 4/7~5/31に出勤数を7割抑制した場合(JR東)
JR東出勤予定日数実出勤日数6ヶ月定期分割購入備考
4月219.1
72
8.64/7付で払戻し,以降回数券
5月185.44.9回数券
6月2222.015.0割引率を50.0%とみなし計算
7月2121.0
42.8
8月1515.05日間は夏休み扱いとする
9月2020.0
合計11792.57271.30.9%減

 まずJR東日本の電車特定区間の場合,6ヶ月定期で72往復分入って来る運賃収入が71.3往復分となるが,6ヶ月定期が安いためか,影響の大きさはわずかである。実際のところ,回数券を使用するかどうかは利用者の判断であるし,上記の表には払い戻しの手数料が含まれないため,影響の正負を正確に算定することは困難である。

表3: 4/7~5/31に出勤数を7割抑制した場合(相鉄)
相鉄出勤予定日数実出勤日数6ヶ月定期分割購入備考
4月219.1
102.5
8.64/7付で払戻し,以降回数券
5月185.44.9回数券
6月2222.019.0平均割引率(36.7%)から計算
7月2121.0
54.1
8月1515.05日間は夏休み扱いとする
9月2020.0
合計11792.5102.586.715.4%減

 一方相鉄の場合は,元々定期券の割引率が(他の大手私鉄と比べても)低いこともあって影響が顕著である。6ヶ月定期で102.5往復分の運賃を払うはずが,4・5月の出勤抑制の影響で86.7往復分に減少する。数字でみる鉄道2019曰く,相鉄の運賃収入33,490百万円のうち定期券が15,753百万円と半分近くを占めており,仮に定期券が6ヶ月で-15.4%となれば,鉄軌道部門の収入は無視できない減少(約7%?)と考えられる。
 
 JR東日本と相鉄を比較したのは,昨年11月の直通運転開始に伴う羽沢経由のルート新設に伴い,羽沢経由と横浜経由との定期運賃比較検討・考察のためにあらかじめデータを集めておいたのでそのまま流用できた,という本音は置いておいて,「元の割引率が低い事業者ほど影響が大きい」ことを示す意図があった。大手私鉄ですらこの状況であるから,地方の中小私鉄にとっては影響は一層深刻であろう。
 数字でみる鉄道において,定期・定期外収入を1社ごとに取りまとめられているのは大手私鉄だけであり,地方鉄道については,輸送実績も収入も合計(下表)から推測することしか出来ない。これらの合計値から推測できることは少ない。
○定期収入は定期外との合計と比べ約3割程度
○定期の方が定期外よりも,輸送距離が長い傾向がある
○定期の方が定期外よりも距離単価が安い
※これ以上は,「定期輸送人員が1ヶ月を何日と見做しているか」分からないと考察出来ない。

表4: 経営の概況(地方鉄道合計)
地方交通合計定期定期外合計
①輸送人員(百万人)8767791655
②輸送人キロ(百万人キロ)7981591513878
③収入(百万円)129133205844334977
②÷①(km)9.117.59-
③÷②(円/人キロ)16.1834.80-

 これらから推測するに,「定期券の売り上げ減は深刻であるものの,定期外収入(特に観光)の減の方がはるかに深刻である」「定期券の売り上げ減は,金額そのものよりも,4月にまとまった金額が入ってこない影響の方が大きい」と思われる。

 今回は,通勤定期の割引率について,既往の記事に対してJRを比較対象として追加するとともに,6ヶ月定期券の割引率の差についても記述した。その上で,今回の緊急事態宣言を受けた定期券の売り上げ減がどの程度のものであるか大まかに推測し,「元の割引率が低い事業者ほど影響が大きい」ことを示すことを試みた。
 バス事業者については,定期券の割引率が一般的に鉄道よりも低いため,「需要の減少」「4月のまとまった収入の減少」による影響が,鉄道と比べてもさらに大きいものと思われる。しかし,個別の事例にまで踏み込むために有効な資料を持ち合わせていないため,いったん筆を置くことにする。
 
巻末資料:相鉄及びJR東日本(電車特定区間)における割引率試算資料

相模鉄道

営業キロ
(km)

乗車券
運賃(円)
通勤定期券(円)
1ヶ月定期で元が
取れる往復数(※)

「割引率」(%)

3ヶ月定期
÷1ヶ月定期

6ヶ月定期
÷1ヶ月定期
1ヶ月3ヶ月6ヶ月
11503740106602020012.558.42.8505.401
21504340123702344014.551.82.8505.401
31504960141402679016.544.92.8515.401
41805680161903068015.847.42.8505.401
51806400182403456017.840.72.8505.400
61806800193803672018.9372.8505.400
7180720020520388802033.32.8505.400
82007490213504045018.737.62.8505.401
92007800222304212019.5352.8505.400
102008100230904374020.332.52.8515.400
112008400239404536021302.8505.400
122408680247404688018.139.72.8505.401
132408970255704844018.737.72.8515.400
142409250263704995019.335.82.8515.400
152409540271905152019.933.82.8505.400
162709830280205309018.239.32.8505.401
1727010140289005476018.837.42.8505.400
1827010450297905643019.435.52.8515.400
1927010750306405805019.933.62.8505.400
2029010960312405919018.9372.8505.401
2129011190319006043019.335.72.8515.400
2229011410325206162019.734.42.8505.401
2329011630331506281020.133.22.8505.401
2432011950340606448018.737.82.8505.396
2532012260349206621019.236.12.8485.400
単純平均18.538.22.8505.400




JR東日本東京電車特定区間

営業キロ
(km)

乗車券
運賃(円)
通勤定期券(円)
1ヶ月定期で元が
取れる往復数(※)

「割引率」
(%)

3ヶ月定期
÷1ヶ月定期

6ヶ月定期
÷1ヶ月定期
1ヶ月3ヶ月6ヶ月
11403950112701898014.1532.8534.805
21403950112701898014.1532.8534.805
31403950112701898014.1532.8534.805
41604940140902371015.448.52.8524.800
51604940140902371015.448.52.8524.800
61604940140902371015.448.52.8524.800
71705270150102529015.548.32.8484.799
81705270150102529015.548.32.8484.799
91705270150102529015.548.32.8484.799
101705270150102529015.548.32.8484.799
11220658018760316201550.22.8514.805
12220658018760316201550.22.8514.805
13220658018760316201550.22.8514.805
14220658018760316201550.22.8514.805
15220658018760316201550.22.8514.805
163109220262904426014.950.42.8514.800
173109220262904426014.950.42.8514.800
183109220262904426014.950.42.8514.800
193109220262904426014.950.42.8514.800
203109220262904426014.950.42.8514.800
2140011850337905691014.850.62.8514.803
2240011850337905691014.850.62.8514.803
2340011850337905691014.850.62.8514.803
2440011850337905691014.850.62.8514.803
2540011850337905691014.850.62.8514.803
2648013900396406798014.551.72.8524.891
2748014170403706798014.850.82.8494.797
2848014170403706798014.850.82.8494.797
2948014170403706798014.850.82.8494.797
3048014170403706798014.850.82.8494.797
3157016110459408062014.152.92.8525.004
3257016550471808062014.551.62.8514.871
3357016800478708062014.750.92.8494.799
3457016800478708062014.750.92.8494.799
3557016800478708062014.750.92.8494.799
366501822051940932701453.32.8515.119
3765018650531609327014.352.22.855.001
3865019020542009327014.651.22.854.904
3965019360551709327014.950.42.854.818
4065019430553809327014.950.22.854.8
単純平均14.850.62.8514.826