2020年12月19日土曜日

定期乗車券の割引率について(4)

 今回は、2020年12月18日に発表のあった、JR東日本のダイヤ改正概要のうち、朝ラッシュ時間帯の輸送力に関するもの、及び11月10日に発表されていた「多様化する通勤スタイルに合わせたJRE POINTの新サービスについて」について記したいと思う。


 今回のダイヤ改正に関する内容のうち、終電繰り上げに関連した早朝時間帯の減便を除くと、朝ラッシュ時間帯に関するものは意外と少なく、山手線及び宇都宮線の朝通勤時間帯本数見直しくらいのように見受けられる。前者は、車両の置き換え及びホームドア設置駅の増加に伴うものと見受けられるため、本稿での深入りは避ける。一方で後者の原因として思い当たるものは今のところないが、「下り列車を減便する旨の記載が、昼間の本数見直しと区別しにくい」ため、どれだろうとは言いづらい状況である。以前から書いているように、上野止まりのグリーン車に比較的空席が見られるのと、折り返しの下り列車が減便対象外なのとから思うに、上野折り返しがそのまま旅客列車に充当されない、朝遅い時間帯の上野止まり530M~534M(上野8:38~9:11着)あたりと思われるが、減便する代わりにどこかを増発するわけでもなさそうなので、浮いた車両の行方が気になるところである。


 一方、JREポイントの付与については、11月10日の時点で概ね概要が発表されており、筆者が意図的に見逃していたことになる。しかし12月16日のJR西日本による社長会見、及びそれを受けて起こした前回記事と比較検討する必要が改めて生じたことから、今回筆を起こすに至った次第である。


 

図1: JR東日本特設ページから抜粋・一部編集

 

 JR西日本の取り組みと比較すると、主として以下の2点が異なっている。


・JR東日本は、早朝時間帯も対象にしているが、JR西日本はしていない。ただしピーク前とピーク後で還元されるポイントの量が異なる。

・JR西日本は、改札を出場する時間帯で区切っているが、JR東日本は入場する時間帯で区切っている。


 筆者は以前から、オフピーク時間帯より前の時間帯にどのように手を入れるか興味があったので、オフピーク前時間帯も対象としたことは評価できると考えている。一方で、ピーク後時間帯の方がポイント還元率が高いので、「本音は、オフピーク後に流れて欲しい」という事情も伺える。

 ところで、入場・出場どちらの時間帯で区切るべきかの議論であるが、朝ラッシュ時に絞って考えると、一般的には出場時間帯で区切った方が効果が分かりやすいと考えられる。なぜなら、混雑ピークの発生原因の多くは(家の近くの目的地を「学校を選ぶ」という方法で選択できる学生を除き)出社時刻の選択自由度の低さにあるからである。一方で、JR東日本単独では出札時刻を正確に検知出来ない路線がいくつか存在し、その原因が相互直通運転(中央・総武緩行線、常磐緩行線)にあることから、入場時間帯で区切らざるを得ない事情も理解できる。

 入場時間帯で区切ることにより、良く言えば、ポイント還元時間帯を各路線の混雑状況に合わせて設定しやすくなるが、悪く言えば、そのルールが非常に分かりづらくなってしまう。筆者個人の都合で言えば、「改札に入る時点で、特定の列車が駅を通過する前、または後」でも構わないのだが、あまりにルールが複雑だとそもそも仕組みとして浸透しない。公式HPには「2021年春から1年間の期間限定での実施を予定しています。」と記載があることから、好意的に解釈すれば「失敗しても取り下げられる」のだが、そこまでしてまで複雑なルールを設定する根拠も乏しいので、「ある程度路線図を色分けして、ピーク前・ピーク後の時間帯を、30分単位で設定する」という仮説を立てたいと思う。本稿では、以前から話題提起している上野東京ラインについて、どの区間でどの時間帯をオフピークにするだろうか?という観点から、仮説を立てることを試みる。


図2:上野東京ライン オフピーク時間帯(2021年度)仮説


 国交省が出しているピーク時間帯の混雑率データにおいて「ピーク」とされている1時間の概ね最初か最後になる列車を、京浜東北線も含めて図示したのが赤い太線、グリーン車が毎日のように満席になっている中距離電車が茶色い太線、追加料金が発生する列車が青い細線である。当方で赤い枠で囲ったのが「ピーク前」を推測したもの、青い枠で囲ったのが「ピーク後」を推測したものである。具体的には、


 東海道線戸塚以南:6時台の混雑が群を抜いて激しいのでピーク前は6時まで、オフピークは東京駅9時以降着から逆算し、安全を見て8時半以降


 京浜東北線区間:極力分かりやすくするため7時から9時を除いて対象とする

 ※大船駅は東海道線に流入する懸念が大きいので含まない。根岸線の区間をどうするかは要検討(6時までにすると効果が小さいし、7時までにするとピーク時間帯に客が流入する。かといって6時半にするとルールが分かりづらくなる)。大宮駅を含むかどうかだが、大船~品川と比べると、大宮~上野間で緩行線との所要時間差が小さいので、大宮駅で着席できる効用の方が大きいため、大船駅と違って無理に除外しなくても良いように思う。


 大宮以北:大宮6時台後半と8時台前半に誘導したいが、大宮以北の距離・乗車時間が全体的に大きいので、ピーク前は6時半、ピーク後は8時とした。大宮着6時台前半は輸送力が小さいので、これも極力誘導したくないのが実態。



 今回は議論を極力単純にするため、このような強引な仮定を置いたが、実現まであと3ヶ月程度しかないことから、このような議論は、すでにJR東日本内部では概ね完了しているものと思われる。どのような形で実現するのか、興味津々で見守る所存である。

2020年12月16日水曜日

定期乗車券の割引率について(3)

  まず始めに、今回話題に挙げるJR西日本による社長会見について、一見タイトルの「定期乗車券の割引率」には何ら関係ないように見えるものの、 前回話題に挙げた「JR東日本が実施を予定しているオフピーク定期券の「オフピーク」が、朝ラッシュ前の時間帯を指すかどうか」に割と深くかかわることから、あえてこのタイトルの続編と言う形を取ることを、あらかじめお断りする。

図1:2020年12月16日付記者会見【時間を変える「時差通勤のススメ」】で使用された画像(一部編集)

  筆者が前回「オフピーク定期券の「オフピーク」が早朝時間帯を含むかどうか」について話題提起し、「筆者個人としては非常に不満であるが、(中略)早朝時間帯をオフピークに含めないことを仮定せざるを得ない」と記したばかりであるが、こういう予感に限ってあっさり実現してしまうもので、ICOCAポイントが付与されるのは「大阪都心部の駅でピーク後の時間帯に出場した場合」と明言されている。具体的に何時から何時までを指すのか、まで明確ではないが、概ね大阪駅9時着以降と考えて支障ないものと思われる。そこで早速ではあるが、JR神戸線を例に、ピーク時間帯及びその前後のダイヤ図を図示し、ラッシュ時間帯の前と後、それぞれに乗客を振り分けようとしたときのメリット・デメリットを洗い出すことを試みる。

 

図2:京都線・神戸線ダイヤ図(抜粋)

  まずピーク後の時間帯(大阪9時着以降)であるが、新快速15分間隔、快速15分間隔と、(多少の誤差はあるが)昼間同様のパターンダイヤとなっている。この時間帯の混雑率には(ピーク時に比べると)比較的余裕があるように見受けられるが、仮に混雑がこの時間帯に集中したとして、ラッシュピーク直後の輸送力増強の余地は案外無い。というのも、ピーク後の(神戸線で言う)下り列車が折り返せる駅が案外無く、京都方面からラッシュピーク時に来る列車を折り返したところで、大阪到着を9時半頃に持って来るのは難しく、むしろ10時半を過ぎてしまうためである。「ラッシュピーク後に需要が分散して欲しいものの、あまり分散(≒ピーク直後に集中)されると困る」という仮説が成り立つだろう。

 

図3:「時間帯別ご利用者数」(出典元は図1と同じ)

  一方ピーク前について論じる際、まず注意しなければならないのは、図3における縦軸が「ご利用者数」であって「乗車率」ではないことである。7時台が8時台の3分の2近い利用者数であるにもかかわらず、列車本数も3分の2程度しかない(図4)ことから、7時台の混雑率は8時台と大して変わらない、と言う仮説が成り立つ(東京圏のように、国交省がピーク前後時間帯の混雑率を公表していないので、このような乱暴な方法を取らざるを得ないのが実情である→よく探したら公開されていたので図5にて表示)。このような事情から、「ラッシュピーク前に混雑を散らそうにも、すでに混雑していて、相当前の時間帯(大阪着7時より前)に散らさないと、かえって混雑が激化する」という仮説が得られる。

図4:大阪着7時台が26本(赤枠)、8時台が35本(青枠)。なお9時台は28本なので、ピーク時間帯よりは混雑率に余裕が出るものと考えられる。

 

図5 京都線・神戸線の混雑率(国交省報道発表資料 より抜粋)
※よく調べたら見つかったので後から追加しました、すみません

 また、それよりさらに前の6時台は新快速の本数が極端に少ない。長い距離を走る半ば専用の車両を遠方に留置することで、早朝深夜の無駄な回送を減らすことが出来るものの、その分新快速(等)を早朝時間帯に設定できなくなるという課題がある。同様の課題は東京近郊の中距離電車にもみられるが、JR西日本の場合はグリーン車を連結していないため、わざわざ専用の車両を途中駅で折り返してまで、早朝時間帯に増発しようというモチベーションは働きにくいだろう。早朝時間帯に出勤時間帯を繰り上げてもデメリットが(比較的)少ない乗客は、比較的(大阪)都心の近くに居住する利用者に限られるだろう。この観点からは、「オフピークを早朝時間帯だけに限定しては、遠距離通勤者と近距離通勤者との間で平等性を著しく欠く」と言えるだろう。

 とはいえ、平等性の観点だけでは「オフピーク時間帯から早朝を外さなければならない理由」としては不十分だろう。現時点で「これ」という確たる仮説は持っていないが、1回で付与するポイントが20ポイントと、らくラクはりまやAシートの料金(後者で500円)と比べて著しく安いことから、多分に実験的な意味合いが強いものと思われる。

 個人的には、「オフピーク時間帯のポイント付与」と「時間帯で価格変動する定期券」は全くと言っていいほど別の施策と考えている。なぜなら、前者は労働者への還元であり、後者は(実質的に通勤手当を負担している)使用者への還元だからである。このため、「オフピーク定期券」の実現に向けた布石として考えるには効果に疑問符が付く。鉄道事業者の施策をもって、企業の使用者側に「働き方改革」を迫るには、もう少し時間がかかるものと考えられる。

 

2020年10月4日日曜日

定期乗車券の割引率について(2)

  新型コロナウイルス感染拡大防止の取り組みが長期化するにつれ、鉄道事業者が苦境に立たされている、という報道が増えている。特に、感染拡大防止の観点から、朝夕の通勤ラッシュがいわゆる「密」と見做され、収入が減ってしまうにもかかわらず、鉄道事業者の側が時差通勤やテレワークを呼びかけざるを得ない状況にある。時差通勤やテレワークについては、小池都知事が公約の一つとして「満員電車ゼロ」を掲げ、就任以来「時差Biz」という形で継続してきたものの、事実上「効果が無かった」。そんな中、「運賃の値上げ」や「時間帯別運賃の検討」が「鉄道事業者側からの取り組みとして」報じられるようになってきた(例えばJR各社が検討する「ラッシュ時の運賃値上げ」は本当に実現可能なのか)。関東地区において真っ先に名乗りを上げた(とされる)JR東日本については、「まず定期券で検討する」「通常の定期を現状より値上げすることで、(オフピーク時間帯のポイント付与の分と相殺する形で)プラスマイナスのバランスを取りたい」といった趣旨の報道が多い。

 筆者の記事を過去の分から継続してお読みの方は、いわゆる時差Bizの鉄道事業者の取り組みを比較検討した際、どうもJR東日本の取り組み(時差Biz公式ページ「鉄道事業者取組レポート」)のうち輸送力増強に関するものが、他社と比べて消極的であることにお気づきと思う。このような状況だけ見ると、(少なくとも)なぜJR東日本が真っ先に手を挙げたのか、違和感を感じざるを得ない。一方で、前回記事で話題提起した通り、JR東日本の通勤定期券の割引率は「1ヶ月定期で約50%、6ヶ月定期で約60%」と、民鉄(例えば相鉄の場合、1ヶ月定期で約37%、6ヶ月定期で約43%) と比べて明らかに高い。通勤定期の割引率が在京鉄道事業者の間でかなりばらついており、その中でJR東日本が突出していることから、「時間帯別定期券」の議論がJR東日本から提起されることには一定の合理性があるように思われる。

 時間帯別の変動運賃を検討するにあたって、必ずと言っていいほど話題に挙がるのが「運賃(の変動)を誰が負担するのか」である。わが国においては、通勤定期券の費用は(一説によると、高度成長期に住宅手当の負担を代替する形で)「通勤手当」という形態で企業が負担するのが一般的である。したがって、通勤定期券の割引率に手を加えた際に損失を被るのは労働者ではなく使用者であり、いわゆる「働き方改革」と「通勤手当の負担増」の二者択一を迫るには都合がよいし、個人利用者からの不満も生じにくい。一方で、(少なくとも、通常の通勤定期の値上げに当たる部分の)運賃の改定には国の認可が必要で、(オフピーク定期の新設(≒値下げ分)の届け出を含め)その手続きに時間を要するのが実態である。また、JR東日本が値下げだけを先行する選択をするとは考えにくく、オフピーク定期券は一般の通勤定期の値上げに関して国の認可が下りるまでは実現できない可能性が高い。早期に実現できる方法として「SuiCa定期券をオフピークで利用した利用者に対してポイントを付与する」があるが、ポイントの付与先は使用者ではなく労働者であるため、使用者へと「働き方改革」との二者択一を迫るには(少なくとも、国への認可申請に関する議論がもう少し盛んになるまでの間)時間がかかるものと思われる。本記事では上記の背景から、現時点で盛んになっている時間帯別変動運賃等について、「鉄道事業者は通勤定期券の割引率のみを変動させ、普通運賃等は変動させない」ことを仮定して議論を進めていくことにする。…①

  鉄道事業者が通勤定期の割引率を変動させた際に起こる問題は大きく分けて下記の二つであると考えられる。すなわち「現在の割引率をこれ以上下げると、事業者によっては回数券の方が安くなってしまい、実質的な値下げになる上、乗客側からすると不便になる」「定期券の最安区間が他社との間で逆転することで、(6ヶ月定期の最安値で手当てを支給する社においては)乗客の通勤経路が変わる」である。 まずは前者を議論するため、「数字でみる鉄道2019」P.106を基に、関東地方の大手私鉄(とJR東日本)について、通勤1ヶ月定期の割引率を下表にまとめる。

表1:関東地区大手私鉄の定期券割引率
鉄道事業者
通勤1ヶ月定期割引率(%) 同6ヶ月(%)
JR東日本
50.0
60.0
東武鉄道
39.7
45.7
西武鉄道
38.3
44.5
京成電鉄
36.0
42.4
京王電鉄
37.6
43.8
小田急電鉄
43.4
49.1
東京急行電鉄
37.8
44.0
京浜急行電鉄
42.2
48.0
相模鉄道 36.7
43.0
東京地下鉄
38.4
44.6
都営地下鉄
36.9
43.2
横浜市営地下鉄
36.8
43.1
埼玉高速鉄道
34.4
41.0
北総鉄道
30.7
37.6
東葉高速鉄道
29.5
36.6
芝山鉄道
29.5
36.6
首都圏新都市鉄道
40.6
46.5
東京臨海高速鉄道
36.2
42.6
横浜高速鉄道
37.8
44.0

 ※6ヶ月通勤定期価格は1ヶ月通勤定期価格の5.4倍(JRは4.8倍)と仮定し試算

  上表のとおり、定期券の割引率は事業者によってかなりばらつきが大きい。ここで、一般的な回数券(10枚分の値段で11回乗車できる)の割引率を算定したいのだが、1年間で土曜日・日曜日・祝日が占める割合がほぼ1/3であると仮定すると、(1-2/3×10/11)×100≒39.4%と求められる。大雑把に言って割引率が40%を下回る場合、現時点でも回数券の方が安い。大手私鉄各社は6ヶ月定期で40%を少しだけ上回っている会社が多いが、定期券の割引率をこれ以上下げてしまうと、完全週休2日制を仮定しても回数券の方が安くなってしまう事業者が続出する。このような事情から本記事では、民鉄の通勤定期の割引率も変動しないことを仮定して議論を進めることにする。…②

  ①②二つの仮定をおくと、議論の対象は「JR東日本だけが定期券の割引率を変動させる場合、他社との間で最安経路が逆転しない条件の下、どれくらいなら値を動かせるか」に集約されるように思われる。本稿では議論を単純にするため、「JRの1ヶ月定期の運賃は変動させず、「6ヶ月定期は1ヶ月定期の4.8倍」の「4.8」をどの程度動かすと、最安ルートがどれくらい変動するか」に焦点を当てて調査したいと思う。まずは、JRと私鉄との間で区間が競合する場合に関して、定期券の価格同士を直接比較する。

表2:JRと民鉄との間の定期券競合区間の運賃比較表

区間
1ヶ月定期
6ヶ月定期
渋谷~横浜(東急)\10,110
\54,600
渋谷~横浜(JR)\11,850\56,910
池袋~横浜(メトロ+東急)
\17,730\95,750
池袋~横浜(JR)\19,020\93,270
品川~横浜(京急)\11,800
\63,720
品川~横浜(JR)\8,560
\41,100
品川~逗子・葉山(京急)
\18,910
\102,120
品川~逗子(JR)\21,500
\104,330
品川~横浜(JR)+横浜~逗子・葉山(京急)\20,970
\108,120
新宿~藤沢(小田急)\15,950
\86,130
新宿~藤沢(JR+東急+JR)\27,590
\138,490
新宿~藤沢(JR)\26,610
\142,560
新宿~八王子(京王)\13,750
\74,250
新宿~八王子(JR)\14,490
\69,560

 こうして見てみると、「新宿~藤沢で小田急を挟む区間は、小田急が圧倒的に安い」「これ以外の区間は(主にJR側の特定運賃の影響で)大して変わり映えせず、結局会社・自宅の最寄り駅がどこなのか、で決まってしまう」傾向があるように見受けられる。なお、これだけ小田急線の定期が安いにもかかわらず(新宿行きの)湘南ライナーに藤沢駅で大量に客が乗って来るのは、それだけ小田急線が遅い・混んでいる、という証左に他ならないのだが、(ライナー券ではなく、定期券の)差額を使用者が負担しているのか、労働者が負担しているのかによって、事情が異なるように思われる。

 とはいえ、よくよく考えてみるとJR側は「最安経路が私鉄側に流れない範囲で特定運賃を設定する」という無理矢理な方法を使えば、6ヶ月定期の「1ヶ月定期の4.8倍」の「4.8」という値を、最安ルートを競合他社に取られない範囲で比較的自由に動かすことが出来る。とはいえ、「特定運賃の区間をむやみに増やしたくない」「定期券を分割購入する方が安いような特殊な区間をこれ以上増やしたくない」等の事情もあると考えられるので、「特定運賃の区間数・組み合わせ数の増を必要最小限にする」制約を加えるのが現実的と思われる。…③

 ①②③の制約下で、一般の定期券の料金がどの程度の値を取りうるかは、調査の手間が非常に膨大であるため次回に回すことにして、今回は「オフピーク定期の時間帯をどこに設定するか」について記し、いったん筆を置くことにする。「オフピーク時間帯」を値下げしてピーク外の時間帯に向かって一部の乗客を誘導する際、JR東日本(特に、中距離電車)にとって特有の問題は「早朝の輸送力が他社に比べて小さく、ラッシュピーク時並みに混雑が激しい」ことである。議論の趣旨は筆者の過去の記事「ゆう活と時差出勤と増発と」快適通勤ムーブメント「時差Biz」実施に関する事前考察(4) に譲ることにするが、その後4年近く経つものの、早朝時間帯の混雑は一向に緩和されない(多少輸送力は増えているが、その分以上に乗客が増えている)状態が続いている。筆者としては、早朝をオフピーク時間帯に含めるとともに、早朝時間帯の輸送力を早朝の需要増を上回るレベルで増強するべきと考えるが、②の制約条件を踏まえると、早朝時間帯の輸送力に(比較的)余裕のある民鉄と歩調を合わせることが難しいことから、早朝時間帯(朝ラッシュのピーク前)はオフピーク定期券の対象外になる可能性が高いと推測する。筆者個人としては非常に不満であるが、需要変動を踏まえた輸送計画を立てる際、早朝時間帯をオフピークに含めないことを仮定せざるを得ない状況にあるものと考えられる。…④

図1 国交省の報道発表資料三大都市圏の平均混雑率は横ばい ~都市鉄道の混雑率調査結果を公表(令和元年度実績)~ の資料4より抜粋     

 以上

2020年5月5日火曜日

定期乗車券の割引率について(1)

 新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令された影響で,定期券の売り上げが大幅に減少し,公共交通事業者にとっては大変大きな問題になっている(詳細は,https://covid19transit.jp/を参照されたい)。本記事では,関東地方のJR線・大手私鉄線を対象に,「1ヶ月定期券は,乗車券何往復で元が取れるか」「3ヶ月・6ヶ月定期券は,1ヶ月定期券の何倍か」に的を絞った考察を行う。その上で,昨今の緊急事態宣言を踏まえ,鉄道事業者にとってどれくらいの影響が出るか,推測を試みる。

図1:数字でみる鉄道2019(運総研)
必要に応じてここから引用する。

 私鉄については,2020年4月27日付東洋経済オンライン「一番お得な鉄道は?定期券割引率ランキング」(https://toyokeizai.net/articles/-/346683) において取りまとめられている。まずは,上記の記事で登場する「割引率」がどのように算定されているか,相鉄線を一例として検証する。
 表は膨大であるため末尾に回した。「1ヶ月定期は乗車券何往復分か」については,距離ごとにかなり違った値を取っているようであるが,おおよそ「1ヶ月に18.5往復(※)以上するなら,定期券の方がお得」と言えるだろう。また,「月30往復すると仮定したとき,正規の運賃と比べて何%割り引かれているか」を算定すると単純平均で38.2%となり,「数字で見る鉄道2019」に記載のある値(36.7%)と概ね一致する。このため本稿では,「1-定期券の金額÷(往復分の乗車券の金額×30×月数)」を「割引率」と見做して運用することにする。
 (※ただし,普通回数券(10枚分の運賃で11回乗車可能,3ヶ月間有効)を使う方法もあるので,実用上はこの数値に1.1を乗じる(18.5×1.10=20.4往復)必要があることに留意されたい。)
 一方で,「3ヶ月定期・6ヶ月定期はそれぞれ,1ヶ月定期の金額の何倍か」は,距離によらずほぼ一定である。それどころか,JRを除く鉄道事業者ではほぼ一定の値である。「3ヶ月定期は,1ヶ月定期の2.85倍」「(JR以外で)6ヶ月定期は,1ヶ月定期の5.4倍」という値は,覚えておいて損のないものと思う。
 
 さて,同記事にはJR線の割引率について記載がないので,JR東日本の東京電車特定区間を一例に,相鉄線を例に作成したものと同様のものを作成する。これも膨大であるため末尾に回すが,JRの東京電車特定区間では,「1ヶ月に15往復(※回数券を使う場合,この1.1倍)以上すれば,定期券の方がお得」と言える。これを割引率に換算するとほぼ50%である。定期券割引率ランキング」で首位に来ている名鉄が45.1%であるから,割引率の首位であるべきなのは,民鉄ではなくJRの東京電車特定区間である,と言える。
 また特筆すべきなのは,「(JR線では)6ヶ月通勤定期が1ヶ月通勤定期の4.8倍」と非常に安いことである。なお通学定期については他の鉄道事業者と同様5.4倍であり,ここまで極端ではない。「いつから」「どういった理由で」ここまで安く設定したのか,興味は深まるばかりである。

 さて,昨今の緊急事態宣言とその延長について,定期券の購入に落とし込んで考えてみる。JR線では通勤6ヶ月定期が非常に安い影響から,1ヶ月定期⁺1ヶ月定期⁺3ヶ月定期(1ヶ月定期の合計4.85倍)よりも6ヶ月定期(1ヶ月定期の4.8倍)の方が安い。言い換えれば,10月~3月の定期券を購入し,3月に1度も使用しなかった場合は,払い戻し手続きをしようにも金額が返って来ない。一方で,4月から9月まで定期券を購入する予定のところ,4月の1ヶ月間出勤せず,5月7日から平常通り出勤しようとしても,翌年3月までに払う金額を考えると,「4月に1日も使用しなかったにもかかわらず」結局6ヶ月定期を買った方が安くなってしまう。このような事情から,JRにとって定期券の売り上げは,「異動が年度末に集中し,4月に定期券を買い替える風習がある限り,3月・4月の需要が落ち込んでも大して影響が無い」と言える。
 そうは言うものの,緊急事態宣言が5月末まで伸びるとなると事情が変わって来る。さらに,私鉄各社の割引率はそもそもJRより低く,6ヶ月定期もJR線ほど安くない。また,出勤を何割抑制するかによっても,事業者にとっての減収度合いは変わって来るだろう。
 そこで,「4月7日~5月31日の間に,出勤日数を7割抑制した場合,事業者にとって(本来定期収入として入って来る)収入がどれくらい落ち込むか」,JR東日本と相鉄を例に試算する。

表2: 4/7~5/31に出勤数を7割抑制した場合(JR東)
JR東出勤予定日数実出勤日数6ヶ月定期分割購入備考
4月219.1
72
8.64/7付で払戻し,以降回数券
5月185.44.9回数券
6月2222.015.0割引率を50.0%とみなし計算
7月2121.0
42.8
8月1515.05日間は夏休み扱いとする
9月2020.0
合計11792.57271.30.9%減

 まずJR東日本の電車特定区間の場合,6ヶ月定期で72往復分入って来る運賃収入が71.3往復分となるが,6ヶ月定期が安いためか,影響の大きさはわずかである。実際のところ,回数券を使用するかどうかは利用者の判断であるし,上記の表には払い戻しの手数料が含まれないため,影響の正負を正確に算定することは困難である。

表3: 4/7~5/31に出勤数を7割抑制した場合(相鉄)
相鉄出勤予定日数実出勤日数6ヶ月定期分割購入備考
4月219.1
102.5
8.64/7付で払戻し,以降回数券
5月185.44.9回数券
6月2222.019.0平均割引率(36.7%)から計算
7月2121.0
54.1
8月1515.05日間は夏休み扱いとする
9月2020.0
合計11792.5102.586.715.4%減

 一方相鉄の場合は,元々定期券の割引率が(他の大手私鉄と比べても)低いこともあって影響が顕著である。6ヶ月定期で102.5往復分の運賃を払うはずが,4・5月の出勤抑制の影響で86.7往復分に減少する。数字でみる鉄道2019曰く,相鉄の運賃収入33,490百万円のうち定期券が15,753百万円と半分近くを占めており,仮に定期券が6ヶ月で-15.4%となれば,鉄軌道部門の収入は無視できない減少(約7%?)と考えられる。
 
 JR東日本と相鉄を比較したのは,昨年11月の直通運転開始に伴う羽沢経由のルート新設に伴い,羽沢経由と横浜経由との定期運賃比較検討・考察のためにあらかじめデータを集めておいたのでそのまま流用できた,という本音は置いておいて,「元の割引率が低い事業者ほど影響が大きい」ことを示す意図があった。大手私鉄ですらこの状況であるから,地方の中小私鉄にとっては影響は一層深刻であろう。
 数字でみる鉄道において,定期・定期外収入を1社ごとに取りまとめられているのは大手私鉄だけであり,地方鉄道については,輸送実績も収入も合計(下表)から推測することしか出来ない。これらの合計値から推測できることは少ない。
○定期収入は定期外との合計と比べ約3割程度
○定期の方が定期外よりも,輸送距離が長い傾向がある
○定期の方が定期外よりも距離単価が安い
※これ以上は,「定期輸送人員が1ヶ月を何日と見做しているか」分からないと考察出来ない。

表4: 経営の概況(地方鉄道合計)
地方交通合計定期定期外合計
①輸送人員(百万人)8767791655
②輸送人キロ(百万人キロ)7981591513878
③収入(百万円)129133205844334977
②÷①(km)9.117.59-
③÷②(円/人キロ)16.1834.80-

 これらから推測するに,「定期券の売り上げ減は深刻であるものの,定期外収入(特に観光)の減の方がはるかに深刻である」「定期券の売り上げ減は,金額そのものよりも,4月にまとまった金額が入ってこない影響の方が大きい」と思われる。

 今回は,通勤定期の割引率について,既往の記事に対してJRを比較対象として追加するとともに,6ヶ月定期券の割引率の差についても記述した。その上で,今回の緊急事態宣言を受けた定期券の売り上げ減がどの程度のものであるか大まかに推測し,「元の割引率が低い事業者ほど影響が大きい」ことを示すことを試みた。
 バス事業者については,定期券の割引率が一般的に鉄道よりも低いため,「需要の減少」「4月のまとまった収入の減少」による影響が,鉄道と比べてもさらに大きいものと思われる。しかし,個別の事例にまで踏み込むために有効な資料を持ち合わせていないため,いったん筆を置くことにする。
 
巻末資料:相鉄及びJR東日本(電車特定区間)における割引率試算資料

相模鉄道

営業キロ
(km)

乗車券
運賃(円)
通勤定期券(円)
1ヶ月定期で元が
取れる往復数(※)

「割引率」(%)

3ヶ月定期
÷1ヶ月定期

6ヶ月定期
÷1ヶ月定期
1ヶ月3ヶ月6ヶ月
11503740106602020012.558.42.8505.401
21504340123702344014.551.82.8505.401
31504960141402679016.544.92.8515.401
41805680161903068015.847.42.8505.401
51806400182403456017.840.72.8505.400
61806800193803672018.9372.8505.400
7180720020520388802033.32.8505.400
82007490213504045018.737.62.8505.401
92007800222304212019.5352.8505.400
102008100230904374020.332.52.8515.400
112008400239404536021302.8505.400
122408680247404688018.139.72.8505.401
132408970255704844018.737.72.8515.400
142409250263704995019.335.82.8515.400
152409540271905152019.933.82.8505.400
162709830280205309018.239.32.8505.401
1727010140289005476018.837.42.8505.400
1827010450297905643019.435.52.8515.400
1927010750306405805019.933.62.8505.400
2029010960312405919018.9372.8505.401
2129011190319006043019.335.72.8515.400
2229011410325206162019.734.42.8505.401
2329011630331506281020.133.22.8505.401
2432011950340606448018.737.82.8505.396
2532012260349206621019.236.12.8485.400
単純平均18.538.22.8505.400




JR東日本東京電車特定区間

営業キロ
(km)

乗車券
運賃(円)
通勤定期券(円)
1ヶ月定期で元が
取れる往復数(※)

「割引率」
(%)

3ヶ月定期
÷1ヶ月定期

6ヶ月定期
÷1ヶ月定期
1ヶ月3ヶ月6ヶ月
11403950112701898014.1532.8534.805
21403950112701898014.1532.8534.805
31403950112701898014.1532.8534.805
41604940140902371015.448.52.8524.800
51604940140902371015.448.52.8524.800
61604940140902371015.448.52.8524.800
71705270150102529015.548.32.8484.799
81705270150102529015.548.32.8484.799
91705270150102529015.548.32.8484.799
101705270150102529015.548.32.8484.799
11220658018760316201550.22.8514.805
12220658018760316201550.22.8514.805
13220658018760316201550.22.8514.805
14220658018760316201550.22.8514.805
15220658018760316201550.22.8514.805
163109220262904426014.950.42.8514.800
173109220262904426014.950.42.8514.800
183109220262904426014.950.42.8514.800
193109220262904426014.950.42.8514.800
203109220262904426014.950.42.8514.800
2140011850337905691014.850.62.8514.803
2240011850337905691014.850.62.8514.803
2340011850337905691014.850.62.8514.803
2440011850337905691014.850.62.8514.803
2540011850337905691014.850.62.8514.803
2648013900396406798014.551.72.8524.891
2748014170403706798014.850.82.8494.797
2848014170403706798014.850.82.8494.797
2948014170403706798014.850.82.8494.797
3048014170403706798014.850.82.8494.797
3157016110459408062014.152.92.8525.004
3257016550471808062014.551.62.8514.871
3357016800478708062014.750.92.8494.799
3457016800478708062014.750.92.8494.799
3557016800478708062014.750.92.8494.799
366501822051940932701453.32.8515.119
3765018650531609327014.352.22.855.001
3865019020542009327014.651.22.854.904
3965019360551709327014.950.42.854.818
4065019430553809327014.950.22.854.8
単純平均14.850.62.8514.826