2025年8月9日土曜日

定期乗車券の割引率について(5)

 東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)による、2026年3月に実施予定の上限運賃値上げが認可申請どおり実施されることとなった。
   

 主たる話題は、単なる値上げにとどまらず、『「電車特定区間」・「山手線内」の運賃区分を「幹線」に統合』『オフピーク定期券の対象エリアを拡大』『通学定期運賃は据え置き』が占めているように見受けられるが、何が何パーセント値上がりするのかを細かく分析した報道・記事が少ないように見受けられたので、「電車特定区間で40km以下の区間の、紙切符運賃及び通勤定期券」に的を絞って図示してみたいと思う。

図1 東京電車特定区間における2026.3運賃改定での値上率((改定後(幹線)÷改定前(東京電車特定区間)-1)×100)
 
 この図によると、「①運賃自体の値上げ」「②東京の電車特定区間の廃止による実質的な値上げ」もさることながら、「③通勤6ヶ月定期が、近距離ほど顕著に値上げされている」、という状況が明らかとなる。
 筆者は従前の記事にて、「(JR線では)6ヶ月通勤定期が1ヶ月通勤定期の4.8倍」と記載したことがあるが、このような状況に変化があるものと考え、「6ヶ月定期÷1ヶ月定期」の値が、どのように変化するのか調べてみた。

 
図2 東京電車特定区間(40km以下)における運賃(紙切符)及び通勤定期券の価格比較表

 値上げ前の値を見ると、多少ばらつきはあるが概ね「6ヶ月通勤定期が1ヶ月通勤定期の4.8倍」という状況は概ね成立している。しかしながら、2026年3月以降の値を見ると、必ずしもこれに縛られなくなっている。さらに、近距離はほぼ5.4(大手私鉄とほぼ同じ値)、遠距離はほぼ4.8(値上げ前とほぼ同じ値)に設定されており、6ヶ月定期のうち、特に近距離の割引率を大幅に見直したことになる。

 本稿でも繰り返すように指摘してきたが、わが国において通勤定期券の代金を実質的に負担しているのは、「通勤手当」という形態で企業であることが一般的である。したがって、通勤定期券の割引率に手を加えた際に損失を被るのは労働者ではなく使用者である。JR東日本は、値上げへの理解を求める記載を行ってはいるものの、理解を得るべき対象は、個人ではなく企業である、と言えるのではなかろうか。オフピーク定期券は、従来は東京の電車特定区間に限り設定されていたが、東京の電車特定区間の廃止に伴い、オフピーク定期券の取り扱い範囲拡大が可能となっている。電車特定区間をそのためだけに廃止したようには見えないものの、6ヶ月通勤定期の「近距離の」割引率見直しと同時にオフピーク定期券の取り扱い範囲を拡大している。2026年3月の運賃改定は、定期券代を事実上負担している企業(使用者)に対し、「値上げ受容」と「働き方改革」の二者択一を迫る内容となっていると考えられる。実態として「働き方改革」というより「働かせ方改革」のような気がしてならないが。。。

 なお、これは個人の意見であるが、JR東日本管内で、長距離通勤に対してオフピーク通勤を奨励することには懐疑的である。なぜなら、過去記事にも同様の記載をしたが、オフピーク(特に、6時台)の本数が、中距離電車において少ないためである。割引率見直しが近距離に集中している理由は、他社との競合も主たる理由であろうが、オフピークの輸送力に関しても、理由として無視できないものと推測する。

 ところで、遠距離の割引率を据え置きつつ、他社との競合区間に設定された「特定区間」の見直しも併せて行っている。具体的には、「渋谷~桜木町」のように、実態として特定区間として機能していないものを見直すようである。この見直しにより、特定区間の数は減少するものの、「品川~横浜~逗子」「渋谷~横浜」「渋谷~吉祥寺」「新宿~八王子・高尾」「東京~西船橋」など、主たる競合区間には継続して設定される予定である。とはいえ、この特定区間は上限運賃とは異なり届出制であるためか、「認可後に届出予定のため、詳細は別途お知らせします」と記載があり、これらの区間の定期券運賃同士を比較することまでは、現時点では難しい。割引率の見直しにより競合他社が最安にならないよう配慮した価格設定が想定されうるが、詳細は結果を待つこととしたい。





 末筆にはなるが、筆者の体力的な都合により、このような形で記事を公開することは、今後難しい状況である。いつの間にか発刊されなくなる、という事態を防ぎたく、本稿が事実上最後になる可能性が高いことをここにあらかじめ記しておきたい。

 乞い願わくは、読者の皆様から新たな情報発信が行われることを期待したい。また、本記事がしばしば対象としてきた「列車の運行計画」「ラッシュ時の混雑緩和」に際して、真にあるべき人材が、真にあるべき組織に所属することこそ、本記事が目標とするところであり、その実現に少しでも寄与できていれば幸いである。