2022年9月25日日曜日

JR東日本トレインシミュレータ(JR East Train Simulator)で遊んでみた(1)

 令和4年9月20日のこと、「JR東日本トレインシミュレーター」がリリースされた。 記事執筆時点でプレイ可能な路線は、京浜東北線の大宮→南浦和の区間と、八高線(+高崎線)の高崎→群馬藤岡の区間である。この記事をご覧になる前に遊びたいという方は、さっそく下記のリンクからアクセスいただきたいものである。

https://store.steampowered.com/app/2111630/JR_EAST_Train_Simulator/

 「トレインシミュレーター」シリーズは、向谷実氏が社長を務める「株式会社音楽館」が開発を担当している。過去に発売された作品は、実在の路線を撮影した動画を基に作成されており、電車でGO!!シリーズのように路線自体をCGで再現するものとは根本的に作り方が異なっている。アーリーアクセス版ということで、ゲームの作り込み度合いとしては、改善可能な箇所が多数残されている状態ではあるが、筆者はこの作品が発売にこぎつけたことを高く評価したい。

図1:与野~北浦和で車両性能をひたすら測定しようとする筆者。この区間で73km/hも出すと大幅に早着する。

 さて、筆者がこの手のゲームを入手してすぐに行うことは、まず何度も走らせたうえで車両性能を測定し、理論値との答え合わせを行うことである。今回は京浜東北線のE233系1000番台を対象としたが、思った以上に整合性があることが判明したので、まずはお伝えしたい。

図2:加速する様子を録画してコマ送り再生した上で、横軸に速度、縦軸に加速度×速度二乗を取ったグラフ。理論上は、特性領域で横一直線になる

 列車の加速運動は、発車してからある程度の速度までは等加速度運動で近似できる(①)が、力(N:ニュートン)×速度(m/s)で求められる出力(W:ワット)の制約から、ある一定の速度以上では、出力が一定(つまり、力-加速度は速度に反比例する)になるよう制御される(②)。さらに、ある程度速度が出て来ると、電動機は一切制御されない状態となり、力-加速度は速度の二乗に反比例する(③)ようになる。詳細は運転理論の教科書に譲るが、概ね以下図3及び表1のような関係になる。 

図3:いわゆる速度-引張力曲線の模式図

表1:各速度領域の特徴

略称低速域(①)中速域(②)高速域(③)
通称・トルク一定領域
・VVVF制御(電圧、周波数の双方を制御)
・パワー一定領域
・定電力領域
・すべり加減制御
・特性領域
旧型電車での呼称・抵抗制御
・直並列制御
・弱め界磁制御・特性領域
列車運動の特徴・概ね、等加速度運動で近似できる・加速度が、概ね速度に反比例する・加速度が、概ね速度の二乗に反比例する
※旧型電車の場合、磁気飽和曲線の制約から、この比例関係は割と不正確である。
エネルギー消費の特徴・電気抵抗を回路に挟み込んで制御するため、エネルギーの一部は熱として捨てられる(抵抗制御)
・直流から任意の正弦波を取り出して制御するため、車両側でのロスは小さい(VVVF制御)
・主回路電流が相対的に大きいので、回路の内部抵抗によるロスが相対的に大きい
・逆起電力の増大に伴い、回路のロスは速度が上がるとむしろ下がる
電流・一定になるよう制御する・主回路の界磁電流もしくは界磁の長さを減ずる(弱め界磁制御)
・一定になるよう制御する(すべり加減制御)
・理論上は、速度に反比例して下がる
電圧・回路に挿入する電気抵抗を少しずつ小さくすることで、端子電圧が少しずつ大きくなるよう制御する(抵抗制御)
・電圧V/周波数Fが一定になるよう制御する(VVVF制御)
・結果として端子電圧は概ね速度に比例する
・一定になるよう制御する(架線電圧がそのまま印加される)
・一定になるよう制御する(架線電圧がそのまま印加される)
制約の物理的要因・鉄輪の摩擦限界による上限・電動機の冷却性能(いわゆる連続定格、1時間定格)による上限
・電動機の特性による上限

 今回、「JR東日本トレインシミュレーター」で用いられている車両の性能を細かく調べたところ、業務用シミュレーターだからかどうかは分からないが、思った以上に表3や図1の関係性が再現されていることが分かった。筆者はこれまで、省エネルギーな列車運転の方法論について過去に記事(例えば、計画停電を防ぐ「節電ダイヤ」の方向性について(1))を起こしているが、シミュレーターが実際の物理現象を(ある程度、という但し書きは付くが)再現しているとすれば、シミュレーター上で省エネ運転を検討する際にも非常に有用である。

 上記の記事では、「運転時分を最速から5秒程度増やすと2割程度の省エネが実現できる」という書き方をしているが、本シミュレーター(のうち、少なくとも京浜東北線の大宮→南浦和)で設定された運転時分は、最速から15秒近く余裕を持って設定されており、突き詰めて運転すると運転時分が異常なほど余る。そこで筆者は、設定された運転時分を使い切れるようなランカーブを設定するため、大宮~南浦和の全5区間に対し、以下のような図を用意した。

図4:大宮→さいたま新都心間の運転曲線。速度制限が解除されても、大して加速する必要は無さそうだ。

図5:さいたま新都心→与野の運転曲線。与野駅手前の上り勾配で結構速度が落ちるので、速度選択は慎重に行いたい。

図6:与野→北浦和の運転曲線。この区間は勾配が少ないので、車両性能を測定するのに適している、と筆者個人的には思う。

図7:北浦和→浦和の運転曲線。この区間の余裕時分は(他の区間に比べると)少ないが、浦和駅手前の上り勾配で速度を失いやすい上、その割に惰性走行の区間が長いので、速度選択は慎重に行いたい。

図8:浦和→南浦和の運転曲線。採時駅(南浦和)の手前だからか、余裕時分が長めに取られている。出発してすぐに下り勾配があることもあり、速度選択は慎重に行いたい。

 このE233系1000番台は全体的にブレーキが強い。特に常用最大ブレーキ(B8)は、40km/h以下では非常ブレーキのカタログスペック(5.0km/h/s)よりも明らかに強いブレーキがかかる。ほぼすべての区間では90km/hまで加速しても停車できるほど強力なブレーキを備えている模様だが、裏を返せば余裕時分が異常なほど長い、ということでもある。運動エネルギーが単純に速度の二乗に比例するとして、上記のランカーブで消費するエネルギーは、全区間で90km/hを出した場合と比べて、半分程度に抑えられるものと思われる。
 余談ではあるが、京浜東北線に209系を投入する際に「この電車は、従来の電車の約半分の電力で走行しています」などと省エネをうたい文句にしていた。隣を走る山手線は一周を60分にするために、E231系500番台を投入した際に運転時分を相当に詰めているのとは対照的である。これに加えて、シミュレーターはホームドア設置前の動画を基に作成されている。これらの事情を考慮すると、京浜東北線の運転時分には余裕時分が多めに含まれていても不思議ではない。京浜東北線にホームドアを設置する際、運転時分をどのように措置したのかは気になるところではあるが。

 今回、せっかく物理現象を比較的正確に再現できるシミュレーターが、だれでも入手できる形で公になった。この機会を最大限に生かすためにも、以下の課題にも積極的に取り組んでいきたいと考える。ただし、主に運転曲線の錬成と実際の運転練習に多大な時間がかかることが予想されるので、機会を改めることにしたい。

課題1:大宮→南浦和の運転時分合計値を最適に配分する方法について
 今回のケースでは浦和→南浦和の運転時分が特に余りがちなので、手前の区間でわざと遅れを出すことで、トータルでの消費エネルギー削減を図ることになる。詳細は「等増分消費エネルギー則」を参考にされたい。

課題2:回生ブレーキの空制補足について
 一般的な傾向として、同じ運転時分ならなるべく強いブレーキを用いた方が省エネルギーになることが知られている。強いブレーキを用いた方が早く停まれるので、そのぶん最高速度を下げられるためである。
 一方で、回生ブレーキはモーターを発電機として用いるものであるから、速度が上がると有効な加速度(ブレーキなのでマイナス)の大きさ(要するに、ブレーキの効き)は小さくなってしまう。この不足分は摩擦ブレーキで補うことになる。これを本稿では「空制補足」と呼ぶことにする(※「遅れ込め制御」と呼ばれている場合もある)。
 本シミュレーションの場合、基準となる運転時分があまりにも長いため、空制補足をあえて使わないように運転する方法が考えられる。具体的には、図9の通り、多少最高速度を上げても、空制補足分を減らした方が有利なケースは十分に考えられる。
図9:北浦和→与野の運転曲線(図6)と同じケースに対し、縦軸にパワー/質量を、横軸に時間を取って図示した。グラフ上の面積は(単位質量当たりの)消費エネルギーを意味する。



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