令和4年9月20日のこと、「JR東日本トレインシミュレーター」がリリースされた。 記事執筆時点でプレイ可能な路線は、京浜東北線の大宮→南浦和の区間と、八高線(+高崎線)の高崎→群馬藤岡の区間である。この記事をご覧になる前に遊びたいという方は、さっそく下記のリンクからアクセスいただきたいものである。
https://store.steampowered.com/app/2111630/JR_EAST_Train_Simulator/
「トレインシミュレーター」シリーズは、向谷実氏が社長を務める「株式会社音楽館」が開発を担当している。過去に発売された作品は、実在の路線を撮影した動画を基に作成されており、電車でGO!!シリーズのように路線自体をCGで再現するものとは根本的に作り方が異なっている。アーリーアクセス版ということで、ゲームの作り込み度合いとしては、改善可能な箇所が多数残されている状態ではあるが、筆者はこの作品が発売にこぎつけたことを高く評価したい。
図1:与野~北浦和で車両性能をひたすら測定しようとする筆者。この区間で73km/hも出すと大幅に早着する。 |
さて、筆者がこの手のゲームを入手してすぐに行うことは、まず何度も走らせたうえで車両性能を測定し、理論値との答え合わせを行うことである。今回は京浜東北線のE233系1000番台を対象としたが、思った以上に整合性があることが判明したので、まずはお伝えしたい。
図2:加速する様子を録画してコマ送り再生した上で、横軸に速度、縦軸に加速度×速度二乗を取ったグラフ。理論上は、特性領域で横一直線になる |
列車の加速運動は、発車してからある程度の速度までは等加速度運動で近似できる(①)が、力(N:ニュートン)×速度(m/s)で求められる出力(W:ワット)の制約から、ある一定の速度以上では、出力が一定(つまり、力-加速度は速度に反比例する)になるよう制御される(②)。さらに、ある程度速度が出て来ると、電動機は一切制御されない状態となり、力-加速度は速度の二乗に反比例する(③)ようになる。詳細は運転理論の教科書に譲るが、概ね以下図3及び表1のような関係になる。
図3:いわゆる速度-引張力曲線の模式図 |
表1:各速度領域の特徴
略称 | 低速域(①) | 中速域(②) | 高速域(③) |
通称 | ・トルク一定領域 ・VVVF制御(電圧、周波数の双方を制御) | ・パワー一定領域 ・定電力領域 ・すべり加減制御 | ・特性領域 |
旧型電車での呼称 | ・抵抗制御 ・直並列制御 | ・弱め界磁制御 | ・特性領域 |
列車運動の特徴 | ・概ね、等加速度運動で近似できる | ・加速度が、概ね速度に反比例する | ・加速度が、概ね速度の二乗に反比例する ※旧型電車の場合、磁気飽和曲線の制約から、この比例関係は割と不正確である。 |
エネルギー消費の特徴 | ・電気抵抗を回路に挟み込んで制御するため、エネルギーの一部は熱として捨てられる(抵抗制御) ・直流から任意の正弦波を取り出して制御するため、車両側でのロスは小さい(VVVF制御) | ・主回路電流が相対的に大きいので、回路の内部抵抗によるロスが相対的に大きい | ・逆起電力の増大に伴い、回路のロスは速度が上がるとむしろ下がる |
電流 | ・一定になるよう制御する | ・主回路の界磁電流もしくは界磁の長さを減ずる(弱め界磁制御) ・一定になるよう制御する(すべり加減制御) | ・理論上は、速度に反比例して下がる |
電圧 | ・回路に挿入する電気抵抗を少しずつ小さくすることで、端子電圧が少しずつ大きくなるよう制御する(抵抗制御) ・電圧V/周波数Fが一定になるよう制御する(VVVF制御) ・結果として端子電圧は概ね速度に比例する | ・一定になるよう制御する(架線電圧がそのまま印加される) | ・一定になるよう制御する(架線電圧がそのまま印加される) |
制約の物理的要因 | ・鉄輪の摩擦限界による上限 | ・電動機の冷却性能(いわゆる連続定格、1時間定格)による上限 | ・電動機の特性による上限 |
今回、「JR東日本トレインシミュレーター」で用いられている車両の性能を細かく調べたところ、業務用シミュレーターだからかどうかは分からないが、思った以上に表3や図1の関係性が再現されていることが分かった。筆者はこれまで、省エネルギーな列車運転の方法論について過去に記事(例えば、計画停電を防ぐ「節電ダイヤ」の方向性について(1))を起こしているが、シミュレーターが実際の物理現象を(ある程度、という但し書きは付くが)再現しているとすれば、シミュレーター上で省エネ運転を検討する際にも非常に有用である。
上記の記事では、「運転時分を最速から5秒程度増やすと2割程度の省エネが実現できる」という書き方をしているが、本シミュレーター(のうち、少なくとも京浜東北線の大宮→南浦和)で設定された運転時分は、最速から15秒近く余裕を持って設定されており、突き詰めて運転すると運転時分が異常なほど余る。そこで筆者は、設定された運転時分を使い切れるようなランカーブを設定するため、大宮~南浦和の全5区間に対し、以下のような図を用意した。
図4:大宮→さいたま新都心間の運転曲線。速度制限が解除されても、大して加速する必要は無さそうだ。 |
図5:さいたま新都心→与野の運転曲線。与野駅手前の上り勾配で結構速度が落ちるので、速度選択は慎重に行いたい。 |
図6:与野→北浦和の運転曲線。この区間は勾配が少ないので、車両性能を測定するのに適している、と筆者個人的には思う。 |
図7:北浦和→浦和の運転曲線。この区間の余裕時分は(他の区間に比べると)少ないが、浦和駅手前の上り勾配で速度を失いやすい上、その割に惰性走行の区間が長いので、速度選択は慎重に行いたい。 |
図8:浦和→南浦和の運転曲線。採時駅(南浦和)の手前だからか、余裕時分が長めに取られている。出発してすぐに下り勾配があることもあり、速度選択は慎重に行いたい。 |
図9:北浦和→与野の運転曲線(図6)と同じケースに対し、縦軸にパワー/質量を、横軸に時間を取って図示した。グラフ上の面積は(単位質量当たりの)消費エネルギーを意味する。 |
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